2017年4月29日 (土)

今月の墓参は明日(30日)

 今月のお墓参りは明日(30日)にしようと思います。とイカ今月は毛明日行くしかありません。多分午後早い時間になると思います。年間墓地管理料も忘れずに持って行こうと思います。

近々、NHKに問い合わせ

 NHKから、また受信料の請求書が母宛に届きました。兄は払っていたようですが、兄が亡くなってから私は払っていないので、金額が膨らんできています。
 我が家にテレビ受像機は複数ありますが、テレビを観ていた母も兄も亡くなって、私はすべてのコンセントを抜いてしまっているので請求書が来ても放っておいていますが、これはちゃんとケリをつけたほうが良さそうです。受像機を家電リサイクルに出した証明書か何かがあれば、請求書は来なくなるのでしょうか。近々、NHKに問い合わせてみます。

2017年4月28日 (金)

「オフクロの靴」?

 いつ頃だろう。1~2年前と思います。兄が「取っておくのはオフクロの靴と……」と言っていたことがあります。母の靴、玄関の下駄箱に複数ありますが、処分せずに取っておけという意味のように思うのですが、真意がよく分からないのです。記念館か何かの計画があって、そこに運び込む物のことでしょうか。

2017年4月27日 (木)

昨日はH子ちゃんと

昨日はH子ちゃんと

2017年4月25日 (火)

変容ではないと思う

 この記事で「変容?」って書きましたが、私は変容したのではないと思います。黙示録にこう書いてあるからです。

 この御使いは、わたしを聖霊に感じたまま、大きな高い山に連れて行き、聖都エルサレムが、神の栄光のうちに、神のみもとを出て天から下って来るのを見せてくれた。その都の輝きは、高価な宝石のようであり、透明な碧玉のようであった。 
ヨハネの黙示録21:10~11  口語訳新約聖書P407

 いま私は「弁護士A……」を思い出しながら少しずつ書いていますが、私は弁護士Aを階段を上るように極めて高度なところに連れて行って、光り輝く輪を見せ、「これが地上に下って来るのよ。神の国が実現するのよ」と言ったからです。

2017年4月21日 (金)

警戒よろしく

 今夜、8月に開かれる救援ひろばの実行委員会が湯島の平労センターであります。これから出かけようと思うのですが、先ほどから、思わずブログに「警戒よろしく」と書きたくなるようなことが、自宅周囲で起きています。本当に「警戒よろしく」です。

2017年4月19日 (水)

迷惑メールに?

 救援新聞豊島版2017年4月号が出来たので、pdfにして印刷係りのF子さんにメールで送ったのですが、届いていないと言うので、迷惑メールに振り分けられているんじゃないかと助言したら、本当に迷惑メールに入っていたとのことです。
 なりすまし画面でパスワードを盗み、他者のメールボックスに入りこんでいる人が過去にいたから、今回もそんなことかもしれまん。

2017年4月16日 (日)

H子ちゃんと飲むことになりそう

 兄が亡くなって喪中ハガキを見て驚いて電話をくださった方に、Оさんがいます。Оさんの奥さんはH子ちゃんで、大塚の家の目の前のH電業のお嬢さんです。大塚時代、H電業の方とは、我が家は家族ぐるみでお付き合いさせていただきました。H子ちゃんは私より7才ほど年下で、生まれたばかりの彼女を私が抱っこしている写真もあるそうです。私とH子ちゃんの関係はこういう関係なのですが、某家電販売会社に勤めていた兄と、H子ちゃんの旦那さんが仕事で知り合い、大塚を売却してこちらに引っ越して来てからも、旦那さんが兄に頼まれごとをしては、しばしば我が家に見えていました。兄が亡くなって葬儀の日程が決まった時、電話連絡が取れずにいたら、喪中ハガキを見て驚いて電話がかかってきたので、納骨式にお誘いしたところ、二人揃って来てくださいました。
 それ以来、ときどきH子ちゃんから電話ががかかってきて、一度どこかで飲もうという話になりました。ま、飲むのは私で彼女はウーロン茶だと思いますがね。東久留米まで私が出かけて、東久留米あたりの居酒屋を利用することになりそうです。
 家で飲むと毎日になってしまうんで、最近、お家居酒屋していません。週に一回くらい居酒屋行ってもいいんじゃないかと思いますよ。

2017年4月14日 (金)

pdfをクリックで呼び出す

 この記事中の聖書の引用では、ブログの引用機能を使いませんでした。聖書引用をPDFファイルにし、ロリポップレンタルサーバーにアップして、ブログからクリックで呼び出すようにしました。私はこれがしたかたんですよね。これで「交点O……」もネットで公開できるようになります。多分来月になると思います。日記ブログで公開するか、別サイトを作るか迷っているところです。本当にロリポは初心者にやさしく、広告非表示のおまけのブログまで付いてきて、オススメです。



2017年4月13日 (木)

変容?

 この記事で「私の身に何が起きたのかを私は誰かから説明してもらいたいんです」と書きましたが、なかなかその機会がありません。いろいろ本を自分で読んだほうが手っ取り早いんで読んでいます。
 さて、私はこれまでしばしばブログに「弁護士Aに黙示録の光を見せた」と書いてきました。聖書によると、ヨハネに光を見せたのは『みつかい』です。だから私は自分ことを『みつかい』なのかもしれないと思っていました。
 しかし「東方正教会」のP32を読んで、「私の身に起きたことは変容なのかもしれない」と思うようになっています。

 ロシアで『フィロカリア』(真理子注:祈祷と修行のための聖句集)がひろまったのも、あながち偶然ではなかった。というのも、教会は、すでにさんざん痛めつけられ、《ただ必要なことだけ》(祈祷と斉。ルカ10:42)に注意を向けていたからである。―中略―このように、地方では熱心な信仰運動がめばえ、一方で『フィロカリア』が普及し、この二つの動きの交点に近代正教会の偉大な《変容者》、サラフの聖セラフィームが立っている。彼は、修道士、平信徒の別なく、すべての魂の指導者であり、《聖霊にみちあふれた》預言者であった。修道院は改まり、「スターレッツ」(長老)たちが神のことばをのべ伝える場所となった。長老たちは、従来、修道士だけのものであった静寂主義を一般信徒にもわかちあたえ、ピョートル大帝の諸改革によってできた教会と知識人とのあいだの深いみぞを埋め始めた。

 キリストの変容 キリストの《変容》〔マタイ17・1-13。マルコ9・2‐13。ルカ9・28-36〕になぞらえて、この名がある。セラフィームの場合、神の光は実際に目に見える光となり、彼の体をすっかり変えてしまったと伝えられる。(「東方正教会」P32)
 キリストの栄光が、肉体と衣服をつらぬいてあらわれたのは、タボル山〔キリストが変容されたと伝えられている山(マタイ17・1-9)においてだけである。〕(「東方正教会」P66)

 静寂主義者 主の御名と憐みをこう祈りの反復や呼吸訓練などの禁欲的修行によって、神との神秘的な合一をはかる修道士たちのこと。10世紀ごろから見られ、14世紀にビザンツの聖アトス山の修道院を中心に盛んになった。(「東方正教会」P8)

 わたしが自分の事をキリストのように変容したと書くと、冒涜と思う方、おられるかもしれませんが、変容するのはキリストに限ったことではないので、セラフィームのように変容したと言い変えることができるかもしれません。で、キリストが変容したのはマタイ17・1-9のタボル山においてだけだそうで、私もこれまで、池袋の歯医者を階段を上るように天国に連れて行ったり、神風起こしたりしていますが、黙示録の光を見せたのは(変容?したのは)、弁護士Aとの一件だけです。

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