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2013年6月30日 (日)

「竹取物語」を読んで(光か引力か) 

内容紹介 竹取物語はロマンティックな空想物語ではない。かぐや姫の全貌を解明!

5人の求婚者を破滅させ、帝の求婚にもの応じないかぐや姫。だれもが知っている物語の全体を、古文の力がなくても十分古典の面白さがわかるように構成。その時代の生活を理解するためにビジュアル面も活用。

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 角川文庫のビギナーズ・クラシックスで「竹取物語(全)」を読みました。竹取物語はあらすじをご存じの方多いと思いますが、一応リンクを張っておきます。
 さて私がこのたび竹取物語を読んでブログで取り上げる気になったのは、かぐや姫は私自身と思うからです。背負ってるなんて思わないでくださいね。これって大変なことなんですから。世の中には、虫も寄ってこないが人も寄ってこないという人がいるようですが、私は逆で、人も寄ってくるけど虫も寄ってくるんです。これで苦労してるんです。

 こういうことがありました。

(1)私がまだ小学低学年の頃のこと。夏休みに母と次兄とで温泉地に行きました。旅館の前には流れの緩やかな大きな川があって、釣りをしたり泳いだりで賑わっていました。私も浮き袋に身をくぐらせて川遊びを楽しんでいたとき、大きな羽虫(多分アブだかブヨ)が複数私につきまといだしたのです。「怖いよ、怖いよ」とピーピー泣いたことをいまも覚えていますが、ピーピー泣いても大きな虫は私から離れようとしません。川岸でそれを見ていた母が次兄に何か言ってたのでしょう。次兄が川に入って、私を岸に引っ張り上げてくれたのです。「他にも人は大勢いるのに、お前のところにだけ大きな虫が寄ってきて、もうお前を田舎には連れて行かない」と、その後も何かにつけこの話をしていたから、この一件は母にとっても強烈だったようです。

(2)私が小学校の中学年(三年生か四年生)頃に、私と母と二人で上野動物園に行ったときのことと思います。手長猿の檻の前はすでに大きな人だかりが出来ていて、私たちが後ろのほうにいたら、前のほうの人たちが気を利かせて「小さい子がいるから」と、前のほうを私たちに譲ってくれたのですが、私たちが檻の前に来たら、手長猿が檻の隙間から長い手を伸ばして、私をつかもうとしたのです。周囲の人たちが「危ない!」と、素早く私を私を引き下げてくれたので、猿に捕まれずにすみましたが、この一件も母には強烈だったようで、家に帰ってから家族や近所の人に、「手長猿が! 手長猿が真理子を捕まえようと手を伸ばした」と話していましたね。

(3)私が高校生か短大生の頃、次兄がこういうことを言いました。
「今日、(多分、池袋で)真理子を見かけた。遠くのほうにいて、他にも人は大勢いるのに、真理子だけ光っていたから、すぐに真理子と分かった」

 こんなことは枚挙に暇がないので、ブログに具体的に書くのは、これくらいにしておきますが、本書によると、かぐや姫の「かぐ」は、かがやく」と同源で、光り輝く美しさを形容した語で、光り輝く美は完全なる美として神聖視されたのだそうです。
 竹取物語には、かぐや姫が男性にもてたとしか書いてありませんが、かぐや姫の周りには、男性だけでなく、人も虫も寄ってきたんじゃないでしょうか。「帝が、姫を連れて帰るために輿を呼び寄せると、かぐや姫は、ぱっと人間の体が消えて、発光体になった」(172頁)と書いてあるから、かぐや姫に男性(人や虫)が押し寄せるのは、かぐや姫が発光体だからではないでしょうか。
 で、私はしばしば黙示録の光や交点Oのことを書いていますね。黙示録の光の出どころは交点Oで、これより上がない、極めて高度な境地で、質量無限大のブラックホールでもあるから、引力無限大でもあるのですよ。かぐや姫も異星人で、かぐや姫に人や虫が寄ってくるのは、光か、さもなければ引力によるものと思うのです。
 

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