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2016年7月24日 (日)

ほとんどが、すでに論じられたもの

 A・E・マクグラスの「キリスト教神学入門」の23頁序文の冒頭にこう書いてあります。

 神学の重要な問題について考える人は、すぐに、そのほとんどが既に論じられたものであるということに気づくであろう。神学を、これまで何もなされてこなかったかのようにしてするというのは、実質的に不可能なのである。

 私はこの頼もしい言葉に引かれて本書をポチポチ読み進めようと思った次第なのですが、巻末の神学用語解説ⅵでは、「至福直感」がこう説明されています。
 特にローマ・カトリックの神学において用いられる言葉で、神を完全に見ることを言う。これは選ばれた者だけが死後に与えられるものである。しかしながら、トマス・アクィナスを含めた何人かの思想家たちは、モーセやパウロなど、恵みを受けた一部の個人には現在の生においてこれが与えられると教えている。

 私、ずいぶん前に土曜の会の人から、「輪廻でモーセの霊でもついているんじゃないか」と言われたことありますし、池袋の歯医者を、階段を上るように天国に連れて行ったり、弁護士Aに黙示録の光を見せたりしていますよね。私って一体何なんだろうと思っていたんですが、これも神学ですでに論じられていることのようですね。本書を最後まで読めば答えが得られるんでしょうか。

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