« 2017年9月 | トップページ | 2017年11月 »

2017年10月

2017年10月29日 (日)

一周忌無事終了

 昨日午後から日暮里のお寺で行われた兄の一周忌法要が無事すみました。縁ある方にお集まりただいて、御焼香していただき、墓参し、会食しながら故人をしのび、思い出話に花を咲かせることができました。お世話さまでした。

2017年10月26日 (木)

国分寺のKおばちゃんに聞きたいこと

 私の母は昭和19年の末に父と結婚して大塚にやってきました。結婚式は帝国ホテルでした。山一証券に勤めていた祖父の親友・当時の帝国ホテルの社長に、「お前の息子が結婚するときは、ウチを使え。ヤミだと高くなるが配給枠でやれば安いから……」と言われたからだそうです。その頃すでに東京の空襲は始まっていて、空襲があっても帝国ホテルなら大丈夫だろうと言いつつ、防空頭巾持参で出かけたと聞いています。
 そして母は大塚で暮らし始めたわけですが、昭和20年4月の東京城北大空襲の際、大塚の宮中公園に逃れて命拾いしたものの、大塚の家を失います。そしてその後、父の勤務先(中外製薬)が疎開していた千葉の九十九里に身を寄せ、ここで終戦を迎え、戦後、東京に戻って、大塚の家の焼け跡に新しい家ができるまで、上町の家で暮らします。
 私は新しい大塚の家ができてから生まれたので、家族の中で私一人が上町の家を知りませんし、兄二人は上町の家近くの文京区立小学校を出ているのに、私だけが豊島区立小学校に入りました。
 この上町の家を私はずーっと、新しい家が出来るまで焼け残ったどこかの家を借りていたのだと思っていたのですが、兄の葬儀の折、国分寺の従兄弟に聞いたところ、上町の家は祖父の持ち家だったようなのです。いまとなったら、当時の事を知っているのは国分寺のK叔母ちゃんだけなのです。
 また父には妹が三人いて、彼女らにも一緒に九十九里に行かないかと誘ったものの来なかったと母から聞いています。が、母の話のなかに祖父母が出てこないのです。一緒に暮らしていた大塚の家が空襲で焼けたあと、祖父母や叔母ちゃんたちも宮中公園に逃げたのでしょうか。祖父母も九十九里に行ったのでしょうか。
 また母の話には、「こんなチッポケなオニギリ一つもらうのに、1時間も2時間も歩いた。着いたら着いたで1時間も2時間も行列した」というのがあります。成増の方にもらいに行ったらしいんですが、このへんのところも国分寺の叔母ちゃんに聞けるでしょうか。

追記
 上町の家ではウサギを飼っていたのでしょうか。

2017年10月22日 (日)

選挙に行きました

 雨の中、衆議院選挙に行ってきました。小選挙区は「鈴木ようすけ」、比例は「日本共産党」と書いてきました。

2017年10月21日 (土)

出すのが一般的

 巣鴨の地蔵通り商店街に「どくだみ茶」を買いに行ったついでに、帰りに池袋西武のギフトサロンで、法事のとき、出席された方にお食事だけでなく何かお持ち帰りいただくものなのかどうか相談してきました。やはり「出す」のが一般的なようです。嵩張らないものを選んで、前日までにお寺に着くように手配します。
201710211
 ついでと言えば、巣鴨の地蔵通り商店街では赤い靴下も買いました。右足くるぶし辺りの骨折による整形外科通院は卒業しましたが、骨折時ギブス用サンダルも卒業したんです。骨折による腫れのため、右足だけがサイズ違いで普通の靴が履けない。足が入らず、ギブス用サンダル履いていましたが、これから寒くなるのにサンダルは辛いから、なんとかしなくちゃと思って工夫した。どんな工夫かと言うと…、中村司さんの遠赤外線温熱パックを買った時についてきたオレンジ色の布を足に巻いたんです。だからかもしれません。整形外科の先生に右足を見せたとき、「アレ? 腫れが引いてる!」と言われました。普通の靴が履けるようになったんです。が、まだ本調子ではない。中村司さんのオレンジ色の布は、いかんせんバンダナのような四角い布ですから、巻きづらいし歩きにくい。オレンジ色の靴下ないかなと思っていたところ、巣鴨地蔵通り商店街で赤い靴下を見つけたのです。中村司さんによると、オレンジ色だけでなくホットピンクや赤も効果的だそうですから、2足買いました。さすが、おばあちゃんの原宿と言われるような商店街です。赤い靴下だけでなく、赤い肌着やパンツもありました。
 どくだみ茶1袋を二週間で消費しました。今日は2袋買いました。これまでのペースで行くと、次に巣鴨に行くのは一か月後です。赤い肌着・赤いパンツ買って、寒い冬を乗り切ろうと思います。

お寺に電話してみます

 兄の一周忌の件で、出席人数確定し、飲み物も余分は国分寺が持ち帰ってくれることになったので、お寺に電話してみようと思います。当日、何を用意したらいいのかも聞きたいし、お塔婆のこともありますのでね。午後早い時間(1時頃)になると思います。

今日巣鴨に行こうと思います

 今日巣鴨の地蔵通り商店街にどくだみ茶買いに行こうと思います。先日買ったのが10月6日ですから、ほぼ2週間で飲んでしまったことになります。そうたびたび巣鴨まで出掛けるわけにいかないので、今回はもう少しまとめ買いしようと思います。
 兄の一周忌法要で会食しますが、出席者にお土産(引き出物)出すかどうかで迷っています。納骨式では出しましたが、やり過ぎと言う人がいたので、姪っ子・甥っ子に相談したところ、出さなくていいんじゃないか、出すとしたら持ち帰りやすいお茶か何か…と言われました。
 ネットで調べたところ、出すのが一般的なようなのです。家族に留守番させてくる人もいるから、手ぶらで帰すわけにはいかないと私は思っています。その辺のところを、巣鴨の帰りに池袋西武のギフトサロンに寄って、相談してみようと思います。

2017年10月17日 (火)

飲み物どうしよう

 兄の一周忌の件で国分寺のイトコと連絡が取れ、国分寺からはKおばちゃんとイトコが二人、計三人出席と返事がありました。これにより、出席人数確定できました。ただ料理の数は簡単に計算できるものの、飲み物はチョット厄介。日暮里のお寺で法事をすると、法要後に信徒会館で会食します。料理は明治座の会席弁当で、飲み物はビール・日本酒・ウーロン茶・ジュースを近所の酒屋さんにお頼みしますが、頼んだものが余っても返品できないのです。たとえばビール10本頼んで3本残ったとすると、この3本は持ち帰らなくてはなりません。国分寺は車で来るって言っていました。誰が運転手になるのか知りませんが、車ならビールが余っても持ち帰れると思うんです。
 国分寺のイトコのお兄ちゃんのほうは海外出張で連絡取れないので、弟のほうにメールを送って事前に頼んでみようと思います。

花の生涯(舟橋聖一)

 

内容上巻(「BOOK」データベースより)
三十五万石彦根藩主の子ではあるが、十四番目の末子だった井伊直弼は、わが身を埋木に擬し、住まいも「埋木舎」と称していた。「政治嫌い」を標榜しつつも、一代の才子長野主膳との親交を通して、曇りのない目で時代を見据えていた。しかし、絶世の美女たか女との出会い、それに思いがけず井伊家を継ぎ、幕府の要職に就くや、直弼の運命は急転していった…。

内容下巻(「BOOK」データベースより)
なぜ、広い世界に目を向けようとしないのか?―米国総領事ハリスの嘆きは、同時に井伊直弼の嘆きでもあった。もはや世界の趨勢を止めることはできない。徒らに攘夷を叫ぶことは、日本国自体を滅亡させることだった…。腹心長野主膳、それに直弼の密偵として、また生涯を賭して愛を捧げたたか女を配し、維新前夜に生きた直弼の波瀾の生涯を描く、不朽の名作。

 舟橋聖一さんの「花の生涯 上下」を読み終えました。これを読んだ動機は、8月にH子ちゃん夫妻と東久留米で飲んだとき、ちょうどその頃私がゲオいつもの町店で時代劇DVDを借りて観まくっていたこともあり、それが話題になって、H子ちゃんの旦那さんのオススメが大河ドラマ「花の生涯」だったことによります。これもDVDで観たかったのですが、NHK大河ドラマ第一作でかなり古く、ゲオで借りることもアマゾンで買うこともできなかったので、原作を読むことにしたのです。とても勉強になりました。攘夷攘夷と言ってても、いざ自分が為政者になってみれば、攘夷など空論で、開国を進めていくしかなくなります。井伊直弼は、黒船は来るわハリスは来るわという時代に大老になれば、いずれ殺されると覚悟の上で大老を引き受けます。島崎藤村の「夜明け前」を読んだときにも思ったことですが、歴史というのは視点・立場の違いで、どうにでも解釈できてしまうものなんだなぁと思います。
 それにしても時代劇観たり、時代物を読むと、本当に旅行に行きたくなりますね。本書を読んで、こんどは彦根に行きたくなりましたよ。

2017年10月14日 (土)

国分寺には明日電話します

 兄の一周忌の件でアッチコッチに電話したりメールを送ったりして、出欠の返事が来ましたが、国分寺(従兄弟・Kおおばちゃん)からは音沙汰がありません。明日夕方電話してみます。

2017年10月13日 (金)

整形外科修了

 先ほど2週間ぶりに整形外科に行ってきました。整形外科通院はひとまず終了です。腫れはずいぶん引いていますが、ネットで調べたところ、骨折時の腫れ浮腫みがきれいに消えるのには半年から1年くらい残るのだそうです。あんまり大事にし過ぎると、かえって弱くなるので、ケガに注意しながら動こうと思います。

2017年10月11日 (水)

ポケカル

紅葉名所見学バスツアー | ポケカル
 
 日帰り専門旅行サイト「ポケカル」を発見。上のバナーは紅葉ツアーになっていますが、その他にも「幕末散歩シリーズ」や「屋形船特集」など、移動手段は船だったり徒歩だったりバスだったりいろいろですが、豊富なプランが用意されています。面白いサイトです。

本気の人のための料理教室

 私は若い頃から料理好きです。江古田料理学校(現新井薬師)でマスターから合格もらったこともしばしばあります。特に味付けをほめられること多いですが、自分のお店(小料理屋だか居酒屋)を持つには、基礎力が足りないとも思っていて、調理師学校に通おうかと考えたこともありますが、小料理屋やるのに調理師の免許は必要ないし……思案していました。そんな折、「本気の人のための料理学校」があると知りました。一般的な料理学校に比べると費用はかかりますが、私の必要に応えてくれそうなのです。申し込んでみようかと考えています。

RIZAP COOK

2017年10月 9日 (月)

「読んだ」「観た」って言える度胸のある人います?(2)

 過去記事再掲です。
 母が遺したSG信用金庫の現金を姪っ子・甥っ子たちと分けあったり、モニターの仕事で成果が出てきたりしているので、私の経済環境はずいぶん改善されていますが、便宜上のお金には程遠く、『「読んだ」「観た」って言える度胸のある人います?』という記事を書いた頃と事情は変わっていないので、再掲することにしました。

 私は文学学校や土曜の会に提出したものが外部に流れていると思っています。パブーで公開したものも、ダウンロードゼロなんてことは真っ赤な嘘だと思っています。またいまから十数年前に支援していた痴漢冤罪事件で無罪を取った時には報告集会や飲み会にテレビカメラが入っていて、その時の映像で多分私のことを報じたと思っていますが、私は観ていないのです。私の経済問題は、誰かが「読んだ」「観た」と言ってくれれば、その場で片付きますから、私の書いたものを読んだり、番組を観たりした人を探しています。薬袋さんが読んでいることは間違いないようですが、薬袋さんから聞き出すチャンスはなさそうですし、教会に期待したこともありますが、教会もダメでした。
 土曜の会の人たちに「外部に流れているのでは?」と聞いたところ、「そんなことあるわけないだろう」という返事が返ってきたことがあります。波風立てずに「読んだ」「観た」ということは困難かもしれませんが、この困難をいとわずに「読んだ」「観た」といえる度胸のある人いませんかね。

コンサート行こうかな

 10月13日夜に開かれるコンサートに誘われています。終了後には飲み会もあるようなのですが、翌14日に北陵東京の会の集まりがあって、翌日の事を考えると、遅くまでお付き合いできないので、どうしようかと思案していたところ、14日北陵の集まりは選挙関係で休止と連絡ありました。翌日の事を考えなくても良くなったので、コンサート行こうと思います。

王城の護衛者 (講談社文庫)

内容紹介 「君臣、相擁し、声を放って哭けり」

薩長両藩が暗躍し、攘夷派の浪士たちが横行する、無政府状態に近い幕末の京。新たに京都守護職を命じられた会津の青年藩主・松平容保は、藩兵千人を率い、王城の護衛者として治安回復に乗り出すが、複雑怪奇な政治の術数に翻弄され……。表題作の他に、「加茂の水」「鬼謀の人」「英雄児」「人斬り以蔵」を収録。

 今年の7月から8月にかけて、ゲオいつもの町店に通いつめ、DVDを借りて観ていました。多くは時代劇で、幕末を描いた新撰組等を見ていると、京都守護職、会津の青年藩主・松平容保が必ず出てきます。が、主人公ではありませんでした。この司馬遼太郎さんの「王城の護衛者」は、その松平容保が主人公です。勉強になりましたが、島崎藤村の「夜明け前」を読んだ後では物足りないかな。島崎藤村に松平容保を描いてもらいたかったと思います。明明後年(みょうみょうごねん)の開運旅行は会津若松にしようかなと考えています。私、東横イン気に入っちゃったんで、気軽に一人旅は東横インに宿泊し、東横インから動ける範囲で観光することになるでしょう。

2017年10月 6日 (金)

カズオ・イシグロさん、ノーベル賞おめでとうございます

 カズオ・イシグロさん、ノーベル文学賞おめでとうございます。密かなファンでしたので、嬉しく思います。

国分寺から連絡がない

 兄の一周忌の件で親戚等に連絡してからかれこれ二週間になるのに、国分寺から返信がありません。私がメールアドレスを知っている姪っ子・甥っ子・国分寺の従兄弟にはメールを送り、他は電話でした。人数の確定は料理のためですし、2~3日前でも間に合うので急ぎませんが、メールを開いてないのかもしれないと勘繰っています。もうしばらく様子を見て音沙汰なければ、国分寺の自宅に電話してみようと思います。電話に出るのは叔母ちゃんかな。

鈴木ようすけさんと握手しちゃいました

商品の説明 8種の野草をブレンドして、健康茶なのにさっぱりおいしい! 健康茶のイメージを変えた! なめらかで、飲みやすく、身体へのなじみが良いのが自慢です。ただの水だと胃からの吸収が悪いのですが、このお茶はガブガブ飲んでも、すぐに身体に吸収されやすいです。風呂上りでも、夜中でも安心して飲むことができます……

 昨日、巣鴨の地蔵通り商店街の巣鴨のお茶屋さん山年園へ「どくだみ茶」を買いに行きました。私は痛風対策に玄米生活始めただけでなく、健康茶生活も始めています。健康茶いろいろありますが、今回はアマゾンでも高評価の巣鴨のお茶屋さん山年園のどくだみ茶を試してみることにしたのです。これはアマゾンでも買えるのですが、なんだか久しぶりにお地蔵さんの通りを歩いてみたくなったので、直接巣鴨まで買いに行きました。お茶パックに大匙3杯のどくだみ茶を入れて、琺瑯のヤカンに水1㍑入れた中に放り込み、水から煮だして沸騰したら弱火で7分ほどで出来上がりです。一日一リットル飲もうと思います。今回は一袋だけですが、調子が良ければ、まとめ買いしようと思います。
 巣鴨からの帰り、最寄り駅前広場で立憲民主党の鈴木ようすけさんに遭いました。これから街頭演説始めるところだったようで、鈴木ようすけさんと握手して帰ってきました。多分選挙では鈴木さんに投票すると思います。

2017年10月 5日 (木)

昨日は日暮里「五所車」へ

 昨夜は日暮里駅にほど近いところにある居酒屋「五所車」へ行きました。一人でです。日暮里のお寺で法事をすると、信徒会館で明治座の会席弁当をいただくといのがお定まりのパターンなのですが、たまには日暮里界隈の別のお店を利用してみようかと考えて下見に行ったのです。会席料理が出るのかと思ったんですが、昭和レトロ感漂う居酒屋さんで、法事では利用できないと分かりました。
 母が亡くなって以来毎月一度お墓参りをするようになって、墓参後には池袋東武の11階のお店で飲食することが多かったのですが、11階の店がレストラン街改装の折に撤退してしまい、以来、墓参後に気楽に入れるお店がなくなってしまいました。日暮里駅北口改札を出て左に行くとお寺や霊園が多いのですが、改札出て右に行くと飲食店多いです。昨日の五所車もその一つで、五所車が入っているビルは日暮里駅から徒歩30秒という近距離です。今後墓参の帰りに利用してみようかと思っています。

201710041

 これはポテトサラダ。美味でした。

201710042

 これはタコの唐揚げ。これも美味。
 ポテトサラダ、タコの唐揚げも、いずれ自分のお店(小料理屋だか居酒屋)を持った時には、メニューに入れたいと思っていますので、参考にさせていただきました。
 それにしてもこれらの写真はスマホで撮ったのですが、写真はデジカメのほうが撮りやすいと思います。

2017年10月 2日 (月)

昨日は救援会都本部大会

 昨日は朝からお茶の水の平労センターで開かれた救援会東京都本部大会に出かけました。昨年は河口湖で開かれ、この河口湖での都大会の感想を聞かれたとき、無駄が多いと私は言っているので、都大会を平労センターで開くことに私は大歓迎です。参加費そのものが、昨年は一人13000円だったのが、今年は大会終了後の懇親会込みで4000円でした。河口湖まで行くには、その他に交通費も時間もかかります。私は過日開運旅行に甲府へ行きましたが、美味しい物食べて、温泉入って……がしたいなら、有志で行けばいいんですよ。全国大会となれば話は別です。全国から集まるのに、お茶の水の平労センターでは収容能力足りないし、宿泊のことも考えなくてはなりませんから。
 右足骨折のため、8月末の救援ひろば欠席したし、9月北陵駅宣も欠席しました。昨日の都大会は久しぶりに皆の顔が見れて良かったです。
 足の方は順調に回復していて、包帯無しでも特に問題なく過ごしています。が、腫れ・浮腫みは消えていません。この腫れ・浮腫みのため、左足より右足が一回り大きくて、普通の靴に足が入りません。包帯外れたものの、相変わらず右足はギブス用サンダル履いています。それと、何かの拍子にズキッと痛むことがあります。どうも右足土踏まずに力が入ると痛むようなのです。骨折は、右足土踏まずの奥の方・くるぶしの奥の方ですから、まだ完治はしていないのだと思います。足は使わないと弱くなるようなので使いますが、無理せずに行こうと思います。

« 2017年9月 | トップページ | 2017年11月 »