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2018年1月14日 (日)

母は誰と話していたのだろう

 今から十数年前のこと。支援していた痴漢冤罪事件が無罪を取った時、報告集会にテレビカメラが入っていて、私はインタビューを受けました。終了後の祝勝会にもテレビカメラが入っていて、なんだか私のそばにズーッとカメラが張り付いていたように思います。私自身は番組を見ていないのですが、その頃通っていた文学学校の先生や生徒たち、あるいは周囲の人たちの反応から、どうも私の事をテレビが何か言っていたのではないかと思っています。
 その周囲の人たちの反応の中に、母の電話があります。「いまに始まった事じゃないの。真理子は若い頃からあんなこと(冤罪の支援のこと)やってんのよ」と、母が電話の向こうの誰かに話していたのです。多分番組を見た知人から電話があったのだと思います。また母も番組を見ていたのだと思います。が、私は母と何も話していないのです。文学学校もそうでしたが、家の中でも、私を交えた話になっていないのです。
 すでに何度か書いていますが、私は文学学校や土曜の会に提出した物が外部に流れていると思っているし、書いたものはバブルに関する事だったので、内容的にかなりパンチがあったから、テレビが紹介したのかもしれません。が、私自身は「読んだ・観た」を誰からも聞いていないのです。あのとき、母は誰からかかってきた電話に応対していたのでしょうか。

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