カテゴリー「本・映画」の記事

2017年10月 9日 (月)

王城の護衛者 (講談社文庫)

内容紹介 「君臣、相擁し、声を放って哭けり」

薩長両藩が暗躍し、攘夷派の浪士たちが横行する、無政府状態に近い幕末の京。新たに京都守護職を命じられた会津の青年藩主・松平容保は、藩兵千人を率い、王城の護衛者として治安回復に乗り出すが、複雑怪奇な政治の術数に翻弄され……。表題作の他に、「加茂の水」「鬼謀の人」「英雄児」「人斬り以蔵」を収録。

 今年の7月から8月にかけて、ゲオいつもの町店に通いつめ、DVDを借りて観ていました。多くは時代劇で、幕末を描いた新撰組等を見ていると、京都守護職、会津の青年藩主・松平容保が必ず出てきます。が、主人公ではありませんでした。この司馬遼太郎さんの「王城の護衛者」は、その松平容保が主人公です。勉強になりましたが、島崎藤村の「夜明け前」を読んだ後では物足りないかな。島崎藤村に松平容保を描いてもらいたかったと思います。明明後年(みょうみょうごねん)の開運旅行は会津若松にしようかなと考えています。私、東横イン気に入っちゃったんで、気軽に一人旅は東横インに宿泊し、東横インから動ける範囲で観光することになるでしょう。

2017年9月23日 (土)

島崎藤村「夜明け前」

商品の説明 内容紹介 木曽路はすべて山の中である-黒船来航から長州征伐,王政復古へと続く幕末の激動は,山深い木曽路の宿場にも確実に波及してゆく.馬籠宿の本陣・庄屋・問屋を兼ねる第17代の当主青山半蔵は,平田派の国学を信奉し,政治運動への参加を願うが,木曽11宿の総代として街道の仕事は多忙を極め,思いは果たせない.改版.(解説=猪野謙二)

 島崎藤村の「夜明け前」全四巻読み終えました。読み始めが8月末なので、一か月ほどで読んだことになります。読みやすく、一気読みでした。本書を読む前に、NHK大河ドラマ等DVDで時代劇を複数観ていましたから、本作品の時代背景は頭に入っていましたが、大河ドラマと違い、主人公は歴史に名前を残すような人物ではなく、籠宿の本陣・庄屋・問屋を兼ねる第17代の当主青山半蔵です。島崎藤村の父親がモデルだそうです。
 大政奉還という時代の変り目を、主人公は希望に燃えて迎えますが、改革は、その進行に伴って主人公の期待とは違う展開を見せ、主人公半蔵の最期は悲劇的です。大政奉還に大きく貢献した坂本竜馬も、ああいう殺されかたをせずに生き延びたら、やはりその後の展開に、「こんなはずではなかった」と、苦悩したでしょうか。それとも、薩長同盟・大政奉還の陰で大きく動いた竜馬のような才覚のある人が生きていれば、展開そのものが変わったのでしょうか。
 本作品は映画化されているようですが、古い物でDVDになっているようすはなく、ツタヤ・ゲオで借りることも、アマゾンで買うこともできません。残念です。
 来年の開運旅行は、長野の妻籠にと思っています。

2017年3月14日 (火)

「西遊記」(福音館古典童話シリーズ)


内容紹介
如意棒片手にひとたび觔斗雲にうちまたがれば、
十万八千里もひとっ飛び、ご存じ孫悟空の物語。
天宮を騒がせ、お釈迦様に五行山の下に閉じこめられた悟空は、
500年後、縁あって三蔵法師に救われ、猪八戒、沙悟浄とともに、
仏典をもとめて遙か天竺は雷音寺へめざして取経の旅にでます。
手を替え品を替え襲ってくる妖怪変化の群れ。
はたしていかなる運命が一行を待ち受けているのでしょうか。
小学校上級以上。

出版社からのコメント
中国の文学作品のなかでもずばぬけて面白いこの「西遊記」は、
日本では古く江戸時代から親しまれ、多くの読者に愛されてきました。
現存する最古のテキストに拠り、民間に伝えられていた宋代の講談の調子を生かした
君島久子さんの名訳にのせて語られる悟空たちの活躍は、痛快無比。まるでその場面を実際にみてきたかのような、瀬川康男さんの挿絵は、
3年の歳月をかけて描かれたもの。悟空も、妖怪変化も、本の中を所狭しと暴れ回ります。



 このところブログの更新の間隔が空いていますが、書き物(弁護士A)や読書に時間を割いての事です。
 2月中は「西遊記}を読んでいました。「弁護士A……」を書いていて、『孫悟空みたいなもんよ。飛んだり跳ねたり、滑ったり転んだりしても、しょせん世界の果てもお釈迦様の手のひらの上ってことなのよ。』と、弁護士A相手にしゃべったなと思いだしたので、確認を取る意味で読んでみたのです。
 この「西遊記」の日本語訳は複数出ていて、私が読んだのは福音館書店のものです。その後アマゾンで調べたら、岩波文庫からも、優れた訳が出ているようです。読み直そうとは思いませんが、映画化、アニメ化されているなら観てみたいです。


2017年1月14日 (土)

「問いかけるイエス」購入

商品の説明 内容(「BOOK」データベースより) 聖書の中に宿されたイエスのメッセージ、その多様性と現代性。イエスの問いかけに私たちはどうこたえるか。

内容(「MARC」データベースより)
聖書の中に宿されたイエスのメッセージ、その多様性と現代性。イエスの問いかけに私たちは、どうこたえるか。福音書の中から、イエス自身の言葉を27選び、福音書を読み解きながら、イエスと現代との関わりを探ってゆく。

 一昨日の木曜日に、久しぶりにカトリック教会の聖書勉強クラスに出ました。このクラスでは、「問いかけるイエス」という本を読み進めています。9月に参加した当初にも、この本を買おうと思ってネットで調べたのですが、バカに高価で手が出ず、豊島区立図書館で借りては返しを繰り返していました。しかし図書館の本ですから、書き込みもできないのでナントカならないかと再度ネットで調べたところ、アマゾンで中古品が1円から売られていました。書き込みのないきれいなものを選び、500円に送料257円で購入しました。サボらずに勉強クラスに出ようと思います。

2016年9月21日 (水)

「英語で読む 世界昔ばなし」


商品の説明
内容紹介

世界の有名な昔ばなしを良質のやさしい英語で紹介。「白雪姫」「アリ・ババと40人の盗賊」「ヘンゼルとグレーテル」「3匹の子ぶた」「パンドラの箱」を収録。



 昨日から、英語読みものをディズニーのクマのプーさんから、ジャパンタイムズ社の「英語で読む 世界昔ばなし1」に切り替えています。
 クマのプーさんは図書館で借りたもので、返却期限までまだ数日あるけれど、いずれ返さなくてはならないし、借り物だから書き込みもできません。幸い、もう何年も前にジュンク堂で買った「英語で読む 世界昔ばなし1」が手元にあったので、これを読むことにしたのです。
 英文はディズニーの英語より難しいです。「やさしい英語」という触れ込みですが、英文法をちゃんと勉強していないと読めませんし、実際読めなかったんです。ここ数年、参考書で勉強したお陰で、読めるようになってきたし、込み入った英文を書けるようになるためには(英作文)、やはり込み入った英文を読んで訓練する必要があるわけで、それにはディズニーの英語は物足りない。
 この「英語で読む 世界昔ばなし」も語注が付いていて、辞書なしで読めるようになっていますが、私は辞書引くの大好きということもあって、語注はほとんど見ずに丁寧に辞書を引いています。

2016年7月23日 (土)

いま読んでいる本「キリスト教神学入門」


商品の説明
内容(「BOOK」データベースより)

初めて神学を学ぶ人から教職者まで、必携の手引き。神学の歴史・方法・内容を一冊で網羅。最新の情報と議論に基づき、しかも古代から現代までの神学のテーマを系統的に学べる。英語圏で最も広く使われている入門書の最新版からの翻訳。用語解説・索引・インターネットサイトの紹介など充実した付録付き。


★ ★ ★

 いま「キリスト教神学入門」という本を読んでいます。ポチポチ少しずつです。本書を私が買ったのは、引照付き新共同訳聖書と同様に、佐藤優さんの「はじめての宗教論 右巻」の中で佐藤さんが推薦されていたからなので、もう何年も前ですが、読もう読もうと思いながら、いままで積読でした。それを読み始めているのです。
 その38頁にこう書いてあります。
 テルトゥリアヌスがとった道も、これに似たものであった。彼によれば、聖書は全体として読むのであれば、はっきりと理解され得るものである。もっとも、ある箇所の解釈について議論が生じるのは不可避であるとも、彼は認める。彼の悲観的な観察によれば、異端とは、多かれ少なかれ、自分たちの好きなことを聖書に言わせたがるのである。それゆえに、教会の伝統が非常に重要になってくる。
(「キリスト教神学入門」38ページ)

 これは意味深い言葉だと思います。
 で、本書を読み始めるのと同時に私は、聖書の通読にチャレンジしています。読み方は、新約聖書マタイによる福音書・ヨハネによる福音書・使徒行伝を読んでから、旧約聖書を読むという順番です。

2016年7月 6日 (水)

「はじめての宗教論」(佐藤優著 NHK出版 生活人新書)


論壇の雄にして「知の怪物」による究極の入門書、ここに登場!

合理的な「見える世界」が支配するこの時代。しかし、人間の「見えない世界」への関心と結びつき、スピリチュアル・ブームから政治の領域まで、宗教は様々なところに顔を出す。キリスト教神学に照準し、聖書の正しい読み方から神学的思考の本質までを明快に解説。21世紀を生き抜くための知的体力が身につく、著者渾身の書き下ろし!

アマゾンより

★ ★ ★

 佐藤優さんの「はじめての宗教論 右巻」の感想を書きます。
 アマゾンの記録によると、私がこの本を買ったのは2010年1月5日です。発行が2009年12月10日だから、間もない頃に買ったことになりますが、読み始めてみると、もーのすごくつまらなかったので、私は最後まで読まずに放り投げてしいました。本来なら、これっきりになるところ、山崎行太郎さんが、哲研やブログでしばしば佐藤優さんの名前を出すので、再度読み返して感想をブログに書くことにしました。

 本書は右巻と左巻から成っていて、私の手元にあるのは右巻だけです。この右巻の序章(30頁)に、

私は本書で、プロテスタントの視点からはこういうふうに世界が見えるということを正直に述べます。私と違う考えをもち、私と違う視点の人も、とりあえず私の話に付き合って、この船に一緒に乗ってみてください。-略-最後までお付き合いいただければ幸いです。

 と、書いてありますが、やはり今回も、最後までお付き合い(読み通す)する気にはなれませんでした。
 アマゾンのレビューで高く評価されていたので、私はそれに引かれて買ったのだと思いますが、私が本書を購入した2010年1月5日時点では、アマゾンには高評価しかなく、批判的なレビューが出てくるのは、2010年1月16日以降のことです。
 その批判的なレビューには、私が感じたこととほぼ同じ事が書いてあります。

 私は佐藤さんが本書を誰に読まそうとしているのか分からないんです。「渾身の書き下ろし」という商品説明になっていますが、「役に立つ神学」というタイトルで「月刊プレイボーイ」に連載されていたようです。ということは、「月刊プレイボーイ」の定期購読者向けに書いたのでしょうか。プレイボーイの愛読者のなかにも、宗教に関心のある人や救済を求める人はいるでしょうけど、なんだか素人相手にムチャクチャ書いてるような気がします。

 私は日本聖書協会の引照つき新共同訳聖書を2011年7月に買っています。実はこれ、本書の中で佐藤さんが、聖書を正しく読むには、聖書は引照付きがいいと言われているので買ったのです。本書自体は、聖書や哲学書や神学書の引用につぐ引用で、話の進め方も脱線につぐ脱線で、佐藤さんが何を言いたいのかつかめない。こんなものを読み進めるくらいなら、聖書を真っ直ぐに読んだほうがいいと思ったからなのですが、私の手元には引照なしの口語訳聖書があるだけだし、池袋の大型書店でも聖書は取り扱っているけれども、引照付きはなかったので、銀座の教文館まで出掛けて行ったのです。

 ではここで、佐藤さんオススメの引照つき新共同訳聖書で確認を取りながら、佐藤さんのムチャクチャぶりを示してみたいと思います。
『第2章 聖書の正しい読み方』の『「人はパンのみに生くるにあらず」の意味』(62~63頁)に、こう書いてあります。

たとえば「人はパンのみに生くるにあらず」というのは結構有名なフレーズですね。これは通常の解釈では、人はパンだけで生きるのではなく、何か精神的なもの、宗教的なものに頼って生きていることになる。物質的世界と精神的世界という二元論で捉えられている。しかし、この読み方は完全に間違いです。なぜならば、この部分は旧約聖書の「天からのマナ」というところのコンテクストで言われているからです。
 モーセがエジプトを抜け出して、エジプトで捕虜になっていたユダヤ人たちを連れてシナイ半島を歩いているときのことです。食べ物が全部なくなると、天からマナというものが降ってきた。そのマナというものを食べて命をつなぐことができたということです。マナは乾燥地帯の植物に付着した昆虫の分泌物が結晶化したものとされています。
 引照付きの聖書を見ると、イエスはこの箇所との関係において「人はパンのみに生くるにあらず」と言っていることがわかります。これはどういうことかというと、パンがなくても神様が「天からのマナ」のような最低限必要な食べる物を与えてくれるので、人間は生きていくことができるということです。フーテンの寅さんがよくタコ社長に言う「稼ぎに追いつく貧乏なし」と同じことで、人間はカネがないとか、食い物がないとか言っても必ず食っていくことができるということ。つまり、徹底した物質の世界の話なのです。
「はじめての宗教論 右巻」62頁~63頁

 まず、「人はパンのみに生くるにあらず」というフレーズは、新約聖書のマタイ福音書4章4節に出てきますが、マタイ4章4節には、こう書いてあります。
 イエスはお答になった。(x)「『人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる』と書いてある」
(マタイ 4:4、  新約聖書 新共同訳4頁 口語訳4頁)

 そして(x)が指す旧約聖書申命記8章3節には、こう書いてあります。
 主はあなたを苦しめ、飢えさせ、あなたも先祖も味わったことのないマナを食べさせられた。(f)人はパンだけで生きるのではなく、人は主の口から出るすべての言葉によって生きることをあなたに知らせるためであった。
(申命記 8:3、 旧約聖書 新共同訳294頁 口語訳258頁)

 そして(f)が指す旧約聖書申命記32章47節・旧約アモス書8章11節・新約マタイ4章4節には、こう書いてあります。
 それは、あなたたちにとって決してむなしい言葉ではなく、あなたたちの命である。この言葉によって、あなたたちはヨルダン川を渡って得る土地で長く生きることができる。
(申命記 32:47、 旧約聖書新共同訳335頁 口語訳297頁)

見よ、その日が来ればと 
主なる神は言われる。
わたしは大地に飢えを送る。
それはパンに飢えることでもなく、
水に渇くことでもなく、
主の言葉を聞くことのできぬ飢えと渇きだ。

(アモス 8:11、旧約聖書 新共同訳1440頁 口語訳1277頁)

 
 イエスはお答になった。「『人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる』と書いてある」
(マタイ 4:4、  新約聖書 新共同訳4頁 口語訳4頁)

 上記聖書引用から、「人はパンのみに生くるにあらず」の意味が、「稼ぎに追いつく貧乏なし」と同じことで、人間はカネがないとか、食い物がないとか言っても必ず食っていくことができるということ。つまり、徹底した物質の世界の話になるでしょうか。
 池袋の大型書店でも引照付き聖書は買えなかったので、私は銀座の教文館に出掛けましたが、プレイボーイの愛読者が、佐藤さんの記述を確認するために、教文館まで行くとは思えない。要するに、素人相手にムチャクチャ書いてるんじゃないかと思うのです。
 そうではなくて佐藤さんが、大学の神学部で学ぶ人に読まそうとしているなら、失敗と思います。神学部の学生の周囲には、神学部の先生がいるし、神学部に進む人ならば、牧師のいる教会にも通っているはずなので、佐藤さんがムチャクチャ書いているのがバレちゃうんですよ。それとも同志社の先生方はみなさん、このように学生を指導しているのでしょうか。
 キリストって、暴風を止めたりしていますが(マタイ8:23~)、「こういうことって本当にあったんだろうか」と、牧師の間で議論しているようだから、教会の牧師もあまりあてにはなりませんが、それでも、吹けば飛ぶような小さな教会の牧師でさえ、こんなムチャクチャ言いません。もう少し傾聴に値する話をしています。この「傾聴に値する話」というのが「主の言葉」「神の口から出る言葉」で、これを求めて人々は教会に行ったり聖書を読んだりしているのではないでしょうか。なんだか私、教会に行きたくなってきましたよ。

 これくらいにしておきますが、引照付き聖書はアマゾンでも買えますね。↓
 

2016年6月20日 (月)

「鹿の王 (下)」(上橋菜穂子 角川書店)

内容紹介

2015年本屋大賞受賞!

何者かに攫われたユナを追うヴァン。同じ頃、医術師ホッサルは移住民に広がる謎の病の治療法を探していた。ヴァンとホッサル。ふたりの男たちが愛する人々、この地に生きる人々を守るため、選んだ道は――!?

内容(「BOOK」データベースより)

不思議な犬たちと出会ってから、その身に異変が起きていたヴァン。何者かに攫われたユナを追うヴァンは、謎の病の背後にいた思いがけない存在と向き合うことになる。同じ頃、移住民だけが罹ると噂される病が広がる王幡領では、医術師ホッサルが懸命に、その治療法を探していた。ヴァンとホッサル。ふたりの男たちが、愛する人々を守るため、この地に生きる人々を救うために選んだ道は―!?

★ ★ ★
 上橋菜穂子さんの「鹿の王(下)」を読み終えました。この本の続きなんですが、図書館の予約が多く、ようやっと私の番になったのです。半年待ったことになりますし、私の後にも待っている人がいて返却期限延長もできないので、取り急ぎ読書記録だけアップしておきます。本書を読んで私が一番共感したのは次の引用部分です。
 古オタワル王国の時代からいまに至るまで、オタワルの人々はさまざまな薬の開発に心血を注いできたが、その研究の歴史の中でも、飛び抜けて大きな意味のある発明は顕微鏡の制作であった。  顕微鏡のお陰で、オタワル人は、病を引き起こすものの姿を、初めて、目で見て観察することができるようになったのである。
本書176頁
 私は、アフリカに出現した人類が酷寒の地にまで広がっていく過程に関心があり、できることならこの時代の事を小説にしてみたいとも思っているんですが、人類が酷寒の地にまで広がるためには、動物の毛皮をまとうだけではだめで、これを服に仕立てなくてはならない。つまり、針と糸の発明を待たなくてはならなかった。気が遠くなるような長い時間がかかっています。こういうことを考えていると、私、胸がときめいてしまうんです。

2016年3月 5日 (土)

歴史が面白くなる ディープな戦後史(2)

商品の説明 内容(「BOOK」データベースより)

「一橋大」の問題は東大よりも面白い!?最難関大の入試問題で、使える歴史が身につく!!

(歴史が面白くなる ディープな戦後史)

商品の説明
内容紹介

教科書「詳説 日本史 改訂版」に準拠して構成。豊富な叙述内容と史料や4色刷の地図・図解をふんだんにとり入れた、本格的な学習参考書。
内容(「BOOK」データベースより)

10年ぶりの全面改訂。オールカラーで豊富な図版。充実した解説。構成・配列は教科書『詳説日本史改訂版』に準拠。

(詳説日本史研究)


 三鷹事件を支援し、何か書くには、この事件の時代背景を知る必要があると思い、「歴史が面白くなるディープな戦後史」を読み始めています。本書は大学入試問題集のようなものなのですが、本書第一部の②では、冷戦が日本に与えた影響を扱っていて、そこに「三鷹事件」が出てきました。
 さて、ヨーロッパにおける<冷戦>が動きがたい堅固なものであったのに対して、東アジアでは流動的な状況が生じていました。朝鮮と中国の分裂です。
――中略――
 こうしたなかで、中国の内戦において共産党が優勢になりつつあった1948(昭和23)年の初頭から、アメリカは占領政策を転換し始めます。―中略― 当初の目標は民主化と非軍事化で、―中略― その姿勢は、憲法改正の「マッカーサー草案」によく表れています。
 しかし、現実を前にそれは絵空事にすぎません。アメリカは、日本を「反共の防波堤」と位置づけ、西側陣営に組み込もうとします。
――中略――
 1949(昭和24)年の夏には、国鉄総裁の下山忠則が東京の綾瀬駅使くの線路上で轢死体となって発見された下山事件、無人列車が暴走して死傷者の生じた三鷹事件、東北本線で列車が脱線転覆した福島県の松川事件という、国鉄にからむ怪事件が連続して発生しています。真相はまだ不明のままですが、国鉄が人員整理を進めていた時期であり、政府が労働組合員や共産党の関与を発表したことから、労働運動は後退していきました。
「歴史が面白くなる ディープな戦後史」(52頁~59頁)

 で、問題集にこう書いてあるなら、参考書にはもっと詳しく書いてあるだろうと思い、こんどは「詳説日本史研究」を開いたのですが、
 とくに、国鉄の人員整理をめぐる紛争が激化するなかで、1949(昭和24)年7月から8月にかけて、下山・三鷹・松川事件が連続的に発生した。下山事件は、下山忠則(1901~1949)国鉄総裁が怪死し、三鷹事件では無人電車が暴走し、松川事件では進行妨害により列車が転覆した。当時、これらの怪事件は国鉄労働組合・日本共産党によるものと発表され、労働側は大きな打撃を受けた。
「詳説日本史研究」(488頁)

 と、書いてあるにとどまっていましたが、ディープな戦後史引用の「――中略――」部分については、「詳説日本史研究」のほうが詳しいです。引き続き読み続けます。
 
 ところで、救援会は、「アンタも国鉄?」と思うほど、国鉄関係者が多いのですが、下山・三鷹・松川事件・解雇事件等を支援してきた歴史があるなら、当然でしょうね。

2015年11月 2日 (月)

「長崎原爆記」と「体質と食物」(秋月辰一郎)

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 秋月辰一郎さんの「長崎原爆記」と「体質と食物」を読み終えました。なお私が読んだ『長崎原爆記』は平和文庫のものではなく、「日本の原爆記録 9」(日本図書センター)収録のもので、以下引用ページはこれによります。

 私に差し迫った問題としてあるのは、両親から耳がタコになるほど聞かされている東京大空襲なので、広島長崎のことは、これ以上追いかけないと、井伏鱒二さんの「黒い雨」の感想文で書きましたが、秋月辰一郎さんの著書だけは別格です。
 癌で亡くなった人が生前書いていた手記・闘病記のようなものは、読んでいるだけで免疫力が下がるから読まないほうがいい。読むならば、癌を克服し、癌から生還した人が書いたものを読めと、ネットで読んだことがあります。そういう意味合いで秋月さんのものは別格なのです。

「長崎原爆記」 
 秋月さんはお医者様で、昭和20年8月9日に勤務先の長崎の浦上第一病院で被爆しています。浦上第一病院は爆心地から1800メートル離れていてピカドンの威力は減っているとは言え、病院は猛火に包まれます。

私はふり向いて病院の大屋根を見上げた。病院は煉瓦の鉄筋コンクリート建てだが、大屋根は日本式の勾配をもった瓦ぶきであった。その大屋根の中央が二段破風づくりである。その破風の棟の一端がほんのわずかくすぶっている。炊事の煙ぐらい、くすぶっている。
――中略――
 病院の火はそれから次第に燃えひろがった。大屋根から発火したのは不思議というほかない。おそらく新型爆弾が投下された瞬間、その周囲の空気は爆心地で数千度、病院付近で何百度にもなるのだ。爆心地より千五百メートルまでの木造建物は、ただちに発火して大火災になった。爆心地より千メートル以内の土地は、鉄でさえも燃焼した。
 病院は、爆心地より千八百メートルのところにある。大屋根にほんのわずかの火が出た。十数日続いた日照りに、いままた何百度もの熱風に吹かれ、病院は薪のように乾燥して、火を吹いたのだろう(276頁)。

 井伏さんの「黒い雨」には、被爆者の救助看護のために広島入りした無傷で元気な人たちが、次々と原爆症で亡くなることが多々あったと書かれています。長崎も同じで、病院の焼け跡で被爆患者の救助や治療を行ったにもかかわらず、秋月さんとともに働いた従業員の中に、原爆症で倒れた人がいなかったのは、玄米とワカメの味噌汁によるものと秋月さんは確信し、書き残されているのです。
「長崎原爆記」は原爆記ですから、味噌汁のことばかり書いてあるわけではありません。8月6日に広島に落ちた新型爆弾の噂はすでに長崎にも届いていました。9日朝、ピカドンにやられたときは、病院が直撃弾を受けたのかと思いますが、直撃弾を受けた割には皆軽傷で、不思議に思っていたところ、眼下の長崎市内は火の海で、自分たちは新型爆弾にやられたのだと気がつきますが、この新型爆弾が原子爆弾というものであることを知るのは、もう少し後のことです。

八月十三日ごろに、菊花の御紋章入りのビラが大学の教授たちの手に入った。それは米軍が空からまいたものである。【日本のみなさん、広島、長崎に投下された新型爆弾はおそろしい原子爆弾です。天皇陛下にお願いして一日も早く降伏して下さい】 ――中略――  原子爆弾だったということが、やっと分かった。日本人が、大衆が、バケツで水をかけたり、竹槍をけずったり、芋の買い出しをしたり、そうしているうちに、米国で原子爆弾が作られていたのである。 ――中略――  これまで私は、全身火傷、ガラス創、木材・煉瓦による挫傷の治療にばかり当たった。しかし、新しい疾病にぶつかる。これらの症状は、ある場合には全く無傷であったのに忽然として起こった。しかも、一、二日のうちに、症状が激化して患者は死んでしまう。ある人には、四、五日から一週間と、徐々にそれらの症状が現れて死ぬのである。  きわめて迅速に、急性に現れて死に至るものを激症とし、中等度症、さらに死ぬまでに至らしめないものを弱症とする。激症から弱症まで千差万別、実にその人の抵抗力、年齢によって雑多であった。ただはっきり言えることは、爆心地からの距離に比例して照射の量がきまるということであった。  爆心地は明瞭ではなかった。しかし本尾町、橋口町、浦上天主堂の付近、上野町の人びと、彼らは、私の見たところ激症であった。信愛女学園(常清女学校)の修道女たちもみな激症、本原町一丁目付近の人びとは、これについで症状が激しかった。火傷や、傷の手当にばかり専念していた私は、ここで放射能症、原爆症を考えねばならなかった。

 私、婦長、岩永修道士、村井看護婦なども、八月十五日頃から疲労が加わってきた。私ははじめ、「野宿は疲れるものだ」と思い、一週間近く病院の庭にごろ寝したことを、全身叩かれたような疲労の原因と考えた。私は放射能症、原爆症を知らない。しかし、ここで自分の身体の疲労や自覚症状を考えてみた。私はかつて、長崎医大付属病院の永井助教授が部長をしていた放射能教室に、一年間、助手として勤務したことがある。
 X線の診断治療をした時に、「レントゲン宿酔」という症状があった。子宮癌、乳癌の転移巣にX線深部治療をする。一日、二日と連続して照射すると、患者は一種の病的症状を起こす。これは「レントゲン宿酔」(レントゲン・カーター)と呼んでいた。当時医師不足で診療数が多く、私は疲労していた。一日に二人、三人と消化管のX線透視をする。月曜日から始めて金曜日まで診療を続け、土曜日は休み、整理とか抄読会をする。私は生来虚弱体質だったせいもあるが、金曜日ごろになると何だか気分が悪くなった。「ああ、それはレントゲン・カーターだ」と先輩から教わった。
 八月十五、六日ごろ、私は自分の症状が、このレントゲン・カーターに酷似していることを明瞭に自覚したのである。
 レントゲン放射線は、古典的物理学の言い方をすれば、波長のきわめて短い電磁波である。人間の細胞を透過する。しかしラジウム放射線と同じく、多量であれば人間の細胞を破壊する。レントゲン放射線に破壊される細胞は、分裂が盛んに行われる組織細胞である。幼弱細胞、生殖細胞、骨髄細胞――とにかく生命現象の営みの盛んな細胞は、レントゲン放射線によって壊死する。
 私はここまで原爆症を理解した。しかし原子爆発がいかなる放射線を生ずるか知らない。「ラジウム放射線か、レントゲン放射線、ガンマー線、そんな放射線だろう。その放射線が人間の造血組織、骨髄組織を破壊したのだろう。だから紫斑病みたいな患者が多いのだ」私の診断と推理はここまであった。
 私には血球計算器もなく、血球染色して顕微鏡で見る余力も装置も全くなかった。ただ想像と推理だけであった。私はさらに「レントゲン宿酔」の治療法を思い起こした。かつて私は、レントゲン教室で患者がカーターになったり、自分がカーターに苦しんだとき食塩水を飲んでいた。生理的食塩水より少しよけいに塩分を含んだ塩水の飲用を患者にも命じた。そうすると私自身、気分がよくなった。それは当時、レントゲン教室で研究し、働いていた人びとの常識であった。
「爆弾を受けた人には、塩がいいんだ。塩が、効果があるんだ」
 私に、新しい生物物理学、原子生物学の知識はない。書物や論文はなにもない。それでもこの秋月式の栄養学に信念を持ってきた。秋月式栄養学=ミネラル栄養学である。この時のミネラル栄養学を端的に表現するならば、食塩、ナトリウムイオンは造血細胞に賦活力を与えるもの、砂糖は造血細胞毒素ということになる。
 この考え方は、私が長崎医大の放射線教室にいた時、患者や医師や技術者にしていたレントゲン・カーターの治療に一致する。そしていま、この原爆症にも私のミネラル栄養論がそのまま役に立つのではないか。私の胸中に信念にも似たものが湧然とわいてきた。「玄米飯に塩をつけて握るんだ。からい、濃い味噌汁を、毎日食べるんだ。砂糖は絶対にいかんぞ!」
――中略――
 この時の私にひらめいたミネラル原爆症治療法は、私自身と、周囲の私を信ずる人びとの間には行われた。
 その後、永井先生のビタミンB1・葡萄糖論の治療法。長崎医大影浦教授の「柿の葉煎汁療法」のビタミンC大量法。あるいは酒、アルコール治療法など種々の原爆病治療法が現れた。
 しかし私は、このミネラル治療法のためこれまで生きながらえ、元気に病院で医師として働いてこれたのだと信じている。私はきわめて虚弱体質であり、千八百メートルの距離で原子爆弾を受けた。致死量の放射能でなかったのかもしれない。しかし私や岩永修道士、野口神学生、婦長、村井看護婦その他の職員や、入院患者は、被爆の廃墟の死の灰の上で、その日以来生活したのである。
 その人びとが、もちろん疲労や症状はあったであろうが、それを克服して元気に来る日もくる日も人びとのために立ち働き、誰もこのために死なず、重い原爆症が出現しなかったのは、実にこの秋月式の栄養論、食塩ミネラル治療法のおかげであった。
 私とその周囲の人びとは、それを信じている。学会ではたとえ認められなくとも。(350頁~357頁)

「体質と食物」
 で、ほとんど味噌汁のことばかり書かれてあるのが、こちらの「体質と食物」です。

食養生、食物の研究を巡りめぐって、味噌にたどりついた。味噌は、日本人の食物のかなめであると知った。これは、日本の国土、日本人の体質によって受け継がれた伝承のものである。
 ある思想家がプラトンからスコラ哲学、カント、へーゲル、マルクス、ベルグソンを遍歴して道元、親鸞に帰したのに似ている。
 味噌は科学以前のもであった。しかも科学によって証せられるものである(2頁)。

 秋月さんは、もともと多病虚弱で、これを克服しようと医学を志したのですが、現代行われている治療医学が、多病虚弱の秋月さんを満足させないと悟ります。
戦争中であって、国内に医師が不足していたので、私は三ヶ月の安静をしたのみで、病床を脱した。そして医師として働き出した。結核であったにもかかわらず軍隊に入隊したり、原爆に被爆したりした。その間、相当以上の無理をした。病弱であったが、わかめと揚げを実とした味噌汁が私の身体の要であるから、自分の病巣は悪化しないという確信があった。
 また事実その通りでもあった。
 昭和二十年八月九日の原子爆弾は長崎市内を大半灰燼にし、数万の人々を殺した。爆心地より1.8キロメートルの私の病院は、死の灰の中に廃墟として残った。私と私の病院の仲間は、焼け出された患者を治療しながら働きつづけた。
 私たちの病院は、長崎市の味噌・醤油の倉庫にもなっていた。玄米と味噌は豊富であった。さらにわかめもたくさん保存していたのである。
 その時私といっしょに、患者の救助、付近の人びとの治療に当たった従業員に、いわゆる原爆症が出ないのは、その原因の一つは、「わかめの味噌汁」であったと私は確信している。
 放射能の害を、わかめの味噌汁がどうして防ぐのか、そんな力が味噌汁にどうしてあるのか。私は科学的にその力があると信じている。
 もし人体実験が許されるのなら、実験してもよろしいとさえ思っている。
――中略―― 日本人にとって、味噌は特に良質の油脂とミネラルの供給源であるから、私たちの放射能の害を一部防御してくれたのである。この一部の防御が人間の生死の境において極めて重要なのである(21頁~24頁)。

 味噌汁を食べ始めたからといって、すぐに病気に効くものではない。副腎皮質ホルモン、抗生物質のように今すぐ効果のあるものではない。
 毎日欠かさず味噌汁を食べていると、体質がいつの間にか、病気に負けない体質になっているのである。薬の効きやすい身体になっているのである(28頁)。


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